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1-16 前田美由紀 2

last update Last Updated: 2025-06-10 14:08:55

「おい、さっきからどうしたんだよ」

駅に行く近道の公園をさっさと先に歩いていく美由紀に航は後ろから声をかけた。

「べっつに! どうせ今夜も駅までしか送れないって言うんでしょう?」

美由紀は振り向きもせずに言う。

「ああ。悪いな」

「ほら、また! 心のこもっていない『悪い』だ!」

美由紀は立ち止まり、くるりと航の方を振り向いた。

「何だよ……それじゃ、どうすればいいんだよ」

航は溜息をついた。

「なら……キスしてよ」

「はあ?」

「だ・か・ら・今、ここでキスしてよ! それで許してあげる!」

美由紀は腕組みをするとフンとそっぽを向いた。

(どうせいつもみたいに、ここは外だからこんなところで出来るかっとでも言うんでしょう?)

しかし、航は予想外の発言をした。

「分かったよ」

「え?」

「今、ここで美由紀にキスすればいいんだろう?」

そして美由紀が戸惑っていると、航はずんずん近付いて行き、美由紀の顎をつまみ、上を向かせると唇を重ねてきた。

(航君……)

美由紀は目を閉じ、航の首に腕を回した途端……航は美由紀から顔を離すとボソリと言った。

「……やっぱ、ラーメン食べた後に……これはないな?」

そしてニヤリと笑う。

「……!」

途端に美由紀の顔は真っ赤に染まる。

「も……もう! 馬鹿! 最っ低!」

「おわあ! ば、ばか! 美由紀! カバン振り回すなって! あ、危ないだろう!?」

「うるさーい! 航の馬鹿ぁっ!!」

夜の公園に美由紀の声が響き渡ったーー

****

 そして日曜日――

航は美由紀と六本木に映画を観に来ていた。

徹夜明けで眠い航。アパートに戻って眠りたいところだが、最近美由紀の機嫌が非常に悪い。いつも会うたび、ピリピリしているし、ため息も多くつくようになった。

正直に言うと、今は一緒にいると疲れる。なので航としては1週間のうち、会う回数をせめて週に2回ほどにしてもらいたいのだが、美由紀がそれを許してくれない。恋人同士は毎日会ってもいいくらいなのだと言って今は週に4回も会っている。

しかしこれだけ頻繁に会っていれば会話だって無くなってくるし、友達付き合いも減ってしまう。

そんな時、思い出されるのが朱莉のことだった。

朱莉は航にとって特別な存在だった。美しく控えめで、気配りの上手な女性だった。まさに航の理想を詰め込んだかのような存在と言えた。

だからこそ朱莉と全く会わな
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